風車監督官日報

風車を監督している

夢うつつのうちに

悪い記憶に主がいるとして、その主について、書くこと の中で題材とすることによってすなわち主の存在を立ち上がらせ、こちら側に攻撃が「効いてる」ということの証明になってしまうのなら、ペンで戦うにはもうどういう戦法を用いたらいいのだろう。と、何日か途方にくれていた。

その話をしたら、文章を書かない(正確には、書くけど、見せてくれない)友達が「でも、書かれたくらいで自分の存在が強調されたって悦に入ってる奴がいるとしたら、それって情けないよ」と言ってくれた。たしかに。書いた方は眼前に見たくないものを召喚して、その輪郭をうつしとることで自分の輪郭も浮き上がらせられるけど、書かれたものは「書かれた」ものの輪郭であって、記憶の主そのものではない。それは私の書いたものであって、それ以外のなにものでもない。

なら、好き勝手やればいいのか、と、元気が出た。私には本当に友達がたくさんいて、みんな素晴らしいことを私に言ってくれる。

特になにか不快なことがあったわけではないが、またはあったかもしれないが、今は風邪気味の鼻づまりで味も、においも、感覚も、思考も、記憶も、すべて膜で覆われて曖昧だから、もう思い出せるものが少ない。

朝からブロッコリーのスープとヨーグルトを食べ、踊ってばかりの国を5曲聴いた。晴れやかで、鼻づまり以外は完璧な朝だ。今日は暑くなるらしい。

10/14、10/15

10/14
朝早く起きたので近くのマクドナルドに行って過去問をやる。目の前のサラリーマンが読んでいる分厚い文庫がなんなのか気になるがわからなかった。痩せた、色黒の、自分にも他人にも厳しそうなサラリーマンだった。
対して私はやろうと思っていたことの半分も進まない。太った、色白の、自分にも他人にも甘そうな無職。

 

10/15
Tinderで家が徒歩10分の人とマッチして大笑いする。速攻会いに行く。使ってるスーパーや惣菜屋が全部一緒だった。レキシのボーカルを縦にも大きくしたようなアフロの大男で、上半身にびっしりタトゥーが入っていたが気さくな人だった。手巻きタバコを歩きながら器用に巻いて吸っていて、煙草葉のカラメルのような匂いが全身からただよっていた。コンピュータミシンを使った刺繍デザインの仕事をしているらしい。仕事は繊細なのか。面白い。二人の家の間にある公園でビールを飲んで解散した。

この通りの向こうに××さんが住んでる、という情報が脳の中でピンになって光るので、ご近所さんが増えるのは楽しいということがわかった。

 

抱擁 あるいはライスには塩を ゲーム

みんなもやってみてください。病院の会計待ちとかで。

 

抱擁

 

あるいは

牛タンにはレモンを

チャリにはヘルメットを

チョコにはネーブルオレンジを

同窓会には恩師を

大学には喫煙所を

バカとブスには東大を

大柄な人にはアフロを

嬉しいLINEの交換には一番ユニークなスタンプを

秋の終わりの海辺にはくたくたの虫のついた海藻を

クリスマスケーキの真ん中の段にはストロベリーソースを

悪夢には生まれてから一晩も手放したことのないぬいぐるみを

恋のはじまりには浅葱色の長いワンピースを

友情には郷愁の彼方の江ノ電を

遊戯の終わりには指を絡め合う長いハイタッチを

 

 

 

 

ありがとうございました

 

今だから載せられる日記2/20、3/7

2/20

仕事終わりに西国分寺に行く。友達が入院しているのだ。西国分寺は仕事終わりに行くにはあまりに遠いけど、友達は来週から地元の病院に転院してしまう。そこは西国分寺など比べ物にならないくらい遠いから西国分寺にいるうちにたくさんたくさん会っておきたかった。会って、あなたといて楽しい、面白い、明るい心になる、と伝えないといけないと思って、なるべく機会があれば行くようにしていた。西国分寺の駅からさらに医療センター行きのバスに乗り、坂を上ったところでおろされる。そこは最先端医療が行われているとは思えない古いつくりの病院で、周囲には閉鎖された病棟がそのまま残っていて、普段昼間行ってたから気づかなかったが夜だとだいぶ怖い場所だ。しかし恐る恐る入った病棟は変わらず様々な電子音で賑やかで、友達は前よりかなり痩せた顔に笑顔を浮かべて出迎えてくれた。

この子が飛行機でしか行けない場所に行ったっきりで、もう二度と会えなかったら。そんな不安がとまらないのに、顔を合わせるとくだらないことしか話せない。

一昨年くらいからずっと、大切な人の死 というものがずっと近い。波が打ち寄せるみたいに、誰かの死が遠ざかったらまた別の死がやってくる。なんで最近こんなことばっかり!と思っていた。でもそれが、歳を経るということなのかもしれない。だんだんまわりがみんな死に近づいていくのだ。自分も。いつかこの気持ちにも慣れるのだろうか。

 

3/7 土曜日の勤務先に行く。ようやくよそ者感がなくなってきたのに今月で支所自体がなくなるので、給料も減る。なんとなく寂しい。

古ぼけた設備といくら拭いてもとれないガラス戸の汚れは普段はどうにかしてくれ!と思っていたが、今日は愛しい。

土曜日だけは電話番と受付嬢のような業務なので、ニコニコする必要がある。

この職場は更衣室に「魅力ある女性像の15ヶ条」というのが貼ってあり、15個すべてむちゃくちゃなのだが、特に最後に

 

出産〜永遠に変わらない魅力を持つ女性〜

 

と書いてあって、機嫌が悪い時はコーヒーをぶっかけてやろうかと思う。まず意味がわからない。派遣社員などが多く通う、PCスキル習得を目的としたスクールだったので、子供を持ちたくても経済的に持てない人とかが山のように来るだろうに、これを毎日目に入れる必要ってほんとになんだったんだろう。と、最初から最後までひとつもわからなくて、勤務期間の後半はなるべく見ないように見ないようにしていた。多分、会社全体の方針やスローガンではないと思う。前のマネージャーあたりが貼ったまま異動していったのだろう。このまま3月末で消滅してくれることを願う。

 

千葉に帰りたい

千葉県の江戸川沿いに住んでいたことがある。

私がのぞんでいた全てがあった場所だった。今もイオンのすべての棚の間を頭の中で歩くことができる。市民野球グラウンドを抜けて江戸川の堤防上に出ることができる。カモメと並走して、トビハゼの息を聞くことができる。カニの呼吸穴は波がこない場所に器用に空いていて、それを凝視していると耳がぼらの跳ねる音をとらえる。

いまだに自分というもののことはよくわからないし、なにがほしいのか、なにをしたいのか、そういうことは言えないままだけれど、千葉にいた六年間は総じて私にとって美しく満たされていて、完璧だった。当時一緒に暮らしていた恋人はゆっくり病んでいって、止めることも遅らせることもできなかったけれど、それでも当時の生活を楽しかったねといまだに言う。

セイタカアワダチソウの群生が町を覆って、枯れはてるのを見た。スズガモが鉛中毒のような症状で死んでいくのを見た。海沿いの倉庫街に働きに行く人達ですし詰めのバスを何台も見送った。生臭い潮風で外に干したバスタオルはごわついていた。ドクダミは毎年繁茂した。この世界は美しく、人間以外のためにもあると思える場所だった。

人間しかいない場所だと私はゆっくり駄目になっていく。千葉にいた六年と、東京に戻ってからの一年の、思い出すことは同じくらいだ。

地球と火星じゃないのだ。帰りたければ帰ればいい、と思う。狭い歩道を。ない起伏を。歩いていけば着ける場所だ。

トマト缶の側面に穴をあけて焚き火をしたこと。蚊の家?と思うほど蚊のいるやぶを歩いて、廃船を見つけたこと。今ならもっとうまくやれるはずの、色々な失敗。恋だったり、家計管理だったり、生活だったり。

読んだ本すら思い出せるあの生活の空気感が恋人といたため、だったらすごく悲しいかもしれない。それがこわいのかもしれない。

 

体の緊張をとるためにいっきに飲んだアルコールが、2時間たって頭痛になってきている。今もあの河川敷では鷺が眠っている。私と関係なく水は東京湾に注ぐ。嬉しい。愛おしい。悲しい。帰りたい。あの水の国に帰りたい。

クラーク・ケントについて

半年間港区でOLのまねごとをしていた。

ハイクラス人材紹介会社ということで、働いている人も元金融やコンサルという人が多かったらしい。私は営業のサポート事務をしていて、営業が営業様という感じの会社で働くのははじめてだった。

営業の成績表を見ることができて(というか見る必要のある業務があって)、トップ7人は「神セブン」と呼ばれていてそこまでは面白かったのだが、下位5名の名前の横に「痛(いた)レンジャー」と書いてあったのにはしんなりしてしまった。港区ってこういうところか。と。

ひとり忘れられない営業マンがいる。

日本人ばなれした顔で、七三分けの髪に銀縁の眼鏡、スリムだが大きな体をしているその人を私は名前と顔が一致しないのでクラーク・ケントと呼んでいた。彼が痛レンジャーの常連であることは入社後しばらくして発覚した。大きな体だが声は小さくて漏れ聞こえたこともなく、ときどき同僚と話しているときの恥ずかしそうな笑顔だけが妙に印象的だった。

彼の営業成績がぱっとしないと知ったときの、なんとも言えない嬉しさを覚えている。彼は地球を救うのに忙しいんだから当たり前よなんて思って、また自分の世界と現実の境があいまいになっていてよくないので目の前のExcelに戻る。彼がこの業界でほんのり馴染んでいないことが、怒りもいらだちも表に出さずはにかんでいることが、それ自体が世界の秩序の最後のはりつめた糸のように思って、というのも、営業成績が悪いというのは人をコントロールしないということ、という世界だったからだ。

やがてクラーク・ケントは退職してしまった。私は会話もしたことないのにほっとしていた。

いま私がいる時間は彼が一度巻き戻したあとの時間かもしれない。そう考える嬉しさと、そんなことはけしてなく、ただすり減らされた人間が一人仕事を追われただけという事実につぶれる心がある。どうか元気で、私のクラーク・ケント。

9月まとめ

雨でしたね、総じて。

 

9月1日

「2日が休みなので前日の夜から来て映画を観ましょう」と言ってもらえたので、1日の夜に友人の家に行く。『このバスに乗れば着く』が頭でわかっていたのに体が勝手にちがうバスに乗って、普通にちがうところで降ろされたが、なんとか知ってる道に出られた。夜のあまり知らない文教地区、かなり怖い。

友達の地元料理をふるまってもらった。居酒屋で出るやつとはだいぶちがくて、おいしかった。私には珍しくお酒も飲んだ。映画を2本観て、どちらも面白かった。

 

9月6日

換気扇の交換が必要になり、電器屋に行く。たぶんオープンしてから初めて換気扇が売れた日だったと思う。そのくらい購入までの段取りが悪かった。

 

9月7日

前々職の離職票が必要なのに見つからない。一人で探していると気がめいって手汗がすごくなるので、人生で初めて自分からスペースを開いてフォロワーに応援されながら探した。6月に家出したときのボストンバッグに入っていた。私はガチで八王子市で失業手当をもらう覚悟だったようだ。気がくるっていた。だいたい5日間とはいえ八王子kら六本木に通勤していてあの熱暴走はほんとうにあのままだったらおかしくなっていたしなりかけだったんだ、と急にぞっとした。

 

9月9日

受けていた企業の二次面接。落ちた。ほっとしている。

元恋人から飯を買う金もないという報告がきたので、LINEギフトでコンビニの券を送った。これすらも友達に言うとしなくていい!と怒られた。ひ。

 

9月13日

友達に会う。困窮や仕事のことについて聞く。この友達の目の下の青黒いクマを、私は好きだ。が、心配だ。チョコレート菓子をすこしあげる。手で渡すと遊び食べするので、直接口に放り込む。この間はミニシューの皮でパックマンをつくって、クリームが漏れるまで手でいじくっていた。

その後新宿紀伊国屋で村上きわみ「とてもしずかな心臓ふたつ」を買って帰る。

 

9月16日

無職であることを明かせていない人と会うので、夜まで暇。マクドナルドに居座る。私はシャトレーゼと花畑牧場の不買運動だけやっていて、ほかは用があれば入ってしまう。なんて言い訳がましく言うくらいなら行かないほうが気分がいいので、よほど「セーブポイント」に困ってない限り入らないようにしている。この日はほかに選択肢がない日だった。雨でぬれたスカートがふくらはぎに張り付いて不快だった。

 

9月19~20日

夢の中

 

9月25日

オデュッセイアを見に行く。自分の性根が根っから宮廷詩人なんだというのを久しぶりに思い出させられる。といっても仕えたい王にしか詩を捧げないけど。いずれにせよへりくだっているうちに大切なことを見落とさないようにしていきたい。戦争史のはじまりを書くなかでオデュッセウスを卑近にしてくれたのがありがとうだった。3時間じゃ足りない。

 

9月28日

「ストレンジャーシングス」のグッズショップを見に大宮に行く。with両親。

私が視聴していたのを横で眺めていた父がどハマりして以来、我が家ではまだたまにストレンジャーシングスが放映されている。父は結果私より買い込んでいた。私はシークレットのキーホルダーを2つとヘルファイアクラブロゴのポーチを買う。そのあと駅前の魚べいで親の金で寿司を食べて帰宅。母親の脳内には自分がオーナーの商業ビルが建っており、自分好みにカスタムするのが好きだ。そのビルの中のテナントにこの日、魚べいが入った。魚べいと、あさくまと、ドラッグストアが入っているビル。

 

9月29日

金だけ払っててアカウントに入れていなかったディズニープラスにようやく再び入れたので、「マンダロリアン」を観る。かわいい、グローグー、かわいい。かわいい。えらい。

 

9月30日

相変わらず「マンダロリアン」を観て、途中途中で「あらグーちゃんがんばったらねむくなちゃたの、えらいねえ〜」などと一人でテレビに言い放つキモい存在になる。

自分が他人からどう見えてるかということについて、判断を改める必要がプラスにもマイナスにもあるな、と思う機会が最近多い。この日は、「ヘソの写真を送ってください」と思いがけないところから今までされたことのない要求がきて面食らった。今の私の腹はおなかというよりぽんぽんという感じになってしまってるので、いったん要求は退ける(仮につるんとしたおなかであったとしても、要求も送る行為も慎んだほうがよいが、今回の場合信頼関係があるので、私は面白がっている)。

自分が現状独身無職子供部屋おばさんであるという事実と、他人から見てなにか響くものがあるという(一応信頼のおける)評価の乖離が大きすぎる。自分を、自分を、自分から見た自分を、ぶち上げていかないと……。10月に期待。